灰谷健次郎の本を紹介します

灰谷健次郎の本を読みました。書名をクリックするとその本の紹介へジャンプします。

天の瞳 少年編I 角川文庫 灰谷健次郎

天の瞳少年編I 灰谷健次郎

内容紹介

小学校5年生になった倫太郎。学級担任のヤマゴリラと衝突することはあるものの、おおらかで魅力的な仲間たちに囲まれて、へこたれずに前へ進み続けている。
そんなある日、事件が起こった。リエが学校に来なくなったのだ。リエの登校拒否の原因は何なのか、自分に何ができるのか。悩み抜いた倫太郎がとった行動とは……。
様々な人たちとの出会いを真摯に見つめながら成長する倫太郎。灰谷健次郎が登校拒否の問題を世に問う。待望のシリーズ第三巻。

読んでみての感想

この巻は私にとっては消化不良で終わってしまった。リエの不登校の理由、リエの心のうちについて書いてあることがよく理解できない。アズサとの関係とか、リエ自身の心の持ち方とか、いろいろと灰谷さんは書いてくれているのだが、どうも感情移入できないというか…、わたしには、心理描写的なところを理解するのはちょっと苦手かもしれない。
不登校児童をどう扱わなければいけないか、どう接するのが良いかというところは、倫太郎の行動を通じて、なんとなくわかったような気もする(2017.07.04)

スポンサーリンク

 

天の瞳 少年編II 角川文庫 灰谷健次郎

天の瞳少年編II 灰谷健次郎

内容紹介

小学校卒業、そして中学校進学を間近に控えた倫太郎たち。倫太郎は中学校の説明会をすっぽかしたり、ミツルは「校則で決められてる制服は着ない。丸刈りにもしない」と宣言したりと、入学式の前から倫太郎たちの名前は学校中に知れ渡っていた。
これまで、理解ある人々に囲まれてのびのび育ってきた倫太郎たちだが、中学校という新しい環境の中で、彼らはどう変わっていくのか?待望のシリーズ第四巻。

読んでみての感想

倫太郎たちが中学校に入って、制服は着ない、丸刈りにはしない、そういう倫太郎やミツルをこの巻では例にして、学校の生徒指導の問題を扱っている。
始めから、学校の規則に従わない倫太郎やミツルに対して、執拗に指導を行う学校側。校長・教頭、担任たち。あまりの執拗さと、生徒はかくあるべしと信じて疑わない頭の固さ。こんな先生に当たったら生徒の方がたまったものではないと思わされる。生徒の自主性や生徒を育てるという信念のない先生たちが、従来の学校問題を引き起こした大きな原因の一つであると思わざるを得ない、内容でした。
不良グループたちからの執拗な勧誘に断り続ける倫太郎たち。暴力を振るわれて、仕返しを行う倫太郎だが、最後は、少林寺拳法の精神にのっとって、反抗しないところでこの巻は終わる。こういう不良グループが実在したのは過去の事実であろうが、なぜそうなってしまったか、そういう存在を許してしまう世の中になってしまったのかを問うていると思う。
この後、どうなっていくかは次巻にゆだねられていて、読み続けたいところだが、手元にはない。入手の予定もない。残念。)(2017.07.04)

 

 

天の瞳 幼年編I 角川文庫 灰谷健次郎

天の瞳 幼年編I 灰谷健次郎

内容紹介

年少組なのに年長組の子を泣かせたり、突拍子もないいたずらを考えついたりと、いつも保育園の先生を手こずらせてばかりの倫太郎。大人たちからはとんでもない悪ガキだと思われることが多いが、実は鋭い感受性とさりげないやさしさをあわせもった個性的な子だ。
倫太郎はどのように成長していくのか、そして周りの大人たちは倫太郎をどう見守っていくのか。灰谷健次郎が満を持して贈るライフワーク集大成。遂に待望の文庫化。

読んでみての感想

灰谷さんの表題の本が4冊ブックオフに並んでました。幼年編上下と、少年編上下です。迷わず買いました。一期一会です。
読み始める前はその分量にちょっと躊躇してしまいましたが、読み始めると、どんどん読み進めます。灰谷さんは、元教師だそうで、たぶんに説教臭い文章が散見されますが、それよりも、子供たちを見る目がとても暖かい。倫太郎を始めとしてユニークな子供たち。
枠にはめることだけを教育と考えていた時代にこんなことがあるはずはないと思いながらも、そうあってほしいと願いながらワクワクして読んでいきます。
それにしても、保育園にしても小学校の先生にしても、子供を教育するのは大変ですね。なにせ自分たちが、枠には迷うとする教育しか受けてこなかったわけですから。そんな中で、自由奔放に生きていける倫太郎たちはとても幸せだとおもいます。(2017.06.05)

 

 

天の瞳 幼年編II 角川文庫 灰谷健次郎

天の瞳 幼年編II 灰谷健次郎

内容紹介

「人は、どんなあことからでも学ぶことができる」……祖父のこの教えを実践するように、学校でも、それ以外の場所でも多くのことを学んでいく倫太郎。そんな彼に、またひとつ格好の場所ができた。倫太郎が保育園時代から慕っていたあんちゃんが、少林寺拳法の道場を開いたのだ。
倫太郎と仲間たちの可能性は、学校という枠を超えて広がっていく。子どもたちの鮮烈なエネルギーに満ちた、感動の大河小説、シリーズ第二巻。

読んでみての感想

一見説教臭いけど、すんなり読んでいけるのはなぜだろう?淡々と語りを進めていることが読者を引き留めているようだ。
倫太郎たちが宇治の平等院へ行くつもりで奈良に行ってしまうエピソード。こと細かく書かれている中で、法隆寺の由来など勉強になりました。教科書の中でなんとなく紹介されている史跡について、改めて訪ねてみたいという気にさせてくれたのがいいですね。
あんちゃんと子供たちが、互いに思いやってそして成長していく姿が、本編の見どころだと思いますが、大人だとか子供だとかの垣根が一切なしに繰り広げられるお話は、ただうらやましい限り。
ヤマゴリラ先生は、本編ではダメな先生の代表のように描かれているが、それでも作者は見捨てないで暖かく先生の成長を見守ってくれる。世の中、こういう先生ばかりだろうからちょっとした救いを与えてもらった。(2017.06.06)

 

 

兎の眼 灰谷健次郎

 

大学を出たばかりの新任教師・小谷芙美先生が受け持ったのは、学校では一言も口をきこうとしない一年生・鉄三。決して心を開かない鉄三に打ちのめされる小谷先生だったが、鉄三の祖父・バクじいさんや同僚の「教員ヤクザ」足立先生、そして学校の子どもたちとのふれ合いの中で、苦しみながらも鉄三と向き合おうと決意する。そして小谷先生は次第に、鉄三の中に隠された可能性の豊かさに気付いていくのだった…。学校と家庭の荒廃が叫ばれる現在、真の教育の意味を改めて問いかける。すべての人の魂に、生涯消えない圧倒的な感動を刻みつける、灰谷健次郎の代表作。

読んでみての感想

灰谷健次郎さんの作品で「兎の眼」を読みました。「太陽の子」に次いで、2作目です。

 

お話を簡単に紹介します。先生になりたての小谷先生のお話。

 

小谷先生は、受け持った学級で問題児や障害児に親身に世話をしています。はじめは学級の他の子からは理解を得られず、父兄から”ひいき”だと強い抗議を受け挫折しそうになりますが、同僚の先生たちから支援を受けて、思いやりの心で接するうち、子供たちや父兄の心もやがて開かれていく。

 

いくつかのエピソードを描きながら、登場人物一人ひとりの心の動きが丁寧に描かれていきます。私がこの本を読んで、強く印象に残る点を書きます。一部、私なりの言葉で書いていますが、

 

「自分のことだけ良ければよく、あとのことはどうでもよい。世の中の底辺で黙って世の中に尽くしてくれている人たち(本作では、塵芥処理所の非正規従業員)のことに、あまりに無関心すぎる。それは単なる身勝手だということに気づかなければならない。他人への思いやり、それが人間として大切なことである」
ということです。 
(以上、わたしのブログ、目的に向かっての2011.11.11から転載)

 

 

太陽の子 灰谷健次郎

内容紹介

ふうちゃんが六年生になった頃、お父さんが心の病気にかかった。お父さんの病気は、どうやら沖縄と戦争に原因があるらしい。なぜ、お父さんの心の中だけ戦争は続くのだろう? 著者渾身の長編小説!

読んでみての感想

灰谷健次郎作の「太陽の子」角川文庫を読みました。古書店で何気なく手にとったのですが、題名に惹かれました。「太陽の子」っていったいなんだろう・・

 

ストーリーは、神戸市に住む沖縄出身の人たちの日常生活を描くことで進みます。

 

主な登場人物は”ふうちゃん”とその両親。舞台は”てだのふぁ おきなわ亭”という沖縄料理の店。その店の常連さんたちがみな個性豊かな人たち。”ギッチョンチョン”とか”ギンちゃん”とか。

 

ベースになっているのが、”オキナワモンはあかん”という沖縄への偏見、それへの沖縄人の反発、そして、太平洋戦争の沖縄戦での…沖縄の人たちの苦しみと、癒えない(いえない)心の傷あとです。

 

重苦しいだけのお話では決してありません。登場人物がみんなとても明るいんですね。わたしも何人か沖縄出身のかたを知っていますが、みな明るいんですね。不思議でした。

 

それへの回答として、作者の灰谷さんは、

 

「”今ある生がどれほどたくさんの死や悲しみの果てにあるか・・”を皆が心の奥に秘めて、そこから底ぬけに明るい笑いが生まれ、そして深い涙のきらめき、そして喜びがあるのだ」
と文中で語っています。

 

私の文章力ではとても表現できないので、印象に残った3つの文を引用させてください。

 

『沖縄の人はみんな海が好きで、歌が好きです。草花を使って、きれいな凧(たこ)や舟を作ることだってできるし、きらわれもののカラスとでも仲良くするくらいのおひとよしで、けんかぎらいです。どんな人とでも友達になって、みんなで踊るし……」』

 

と、ふうちゃんがいいます。

 

『つらいめにあった者は、つらいめにあっている者の心がよくわかる。どんなにやさしい心があっても、つらいめにあったことのない人間は、つらいめにあっている人間の中にまで入ることはできないのだ…』

 

と、ふうちゃんはしみじみ思います。

 

『「生きている人だけの世の中じゃないよ。生きている人の中に死んだ人もいっしょに生きているから、人間はやさしい気持ちを持つことができるのよ、ふうちゃん」 』

 

と、ふうちゃんのお母さんがいいます。

 

引用は以上です。

 

この本は、1978年に出版され、当時大評判だったそうですが、今でも、いや今こそいろいろな人に読まれてほしいなと思いました。

 

ところで「太陽の子」の意味ですが、私の心ではなんとなくわかりましたが言葉では表現できません。ごめんなさい。「眼差し(まなざし)」がキーワードです。(2011/11/02)

 

 

追記(2016.08.26)
「NHKスペシャル | 沖縄 空白の1年~“基地の島”はこうして生まれた」をみて、”日本”に振り回された沖縄の人たちにとても申し訳けない気持ちになりました。この作品は何度も日本人向けに再放送してもらいたい。

 

(以上、目的に向かってのブログに書いたのをそのまま転載)

スポンサーリンク

ブログパーツUL5


トップ 読書雑感 プロフィール